福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)4号 判決
原告 安永沢太
被告 佐賀県選挙管理委員会
被告補助参加人 野田徳市
一、主 文
昭和二十六年四月三十日執行の佐賀県議会議員選挙における佐賀市選挙区の選挙について、被告補助参加人野田徳市及び訴外前田又四郎の各当選の効力に関する異議申立に対し、被告委員会が同年五月十一日附なした原告の当選を無効とする各決定(告示第二十五号同第二十六号)は、これを取消す。訴訟費用中参加によつて生じた分は被告補助参加人の負担とし、その余の分は被告の負担とする。
二、事 実
原告代理人等は主文第一項同旨並びに「訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、
その主張の要旨は、
昭和二十六年四月三十日執行の佐賀県議会議員選挙において、佐賀市選挙区の開票並びに選挙会が同年五月一日定員三名に対し横尾正二が得票数五千二百二票、福田ヨシが同四千四百七十九票、原告が同二千七百九十二票でいずれも当選人、被告補助参加人野田徳市が同二千七百九十票で次点者、松尾伝次が同二千七百四票で次位落選人その他落選人として決定公表したのに対して、同月三日右野田及びその選挙会立会人前田又四郎から被告委員会にそれぞれ当選の効力に関する異議の申立をなした。ところが被告委員会の委員長は原告の当選人告示前である同月四日午後一時頃佐賀県庁において、多数の参観人環視の中に被告委員会を公開して右申立を附議し、佐賀市選挙管理委員会が封印保管中の原告及び野田徳市の各有効投票並びに一般無効投票を取り寄せ、その席上において即時封印を開き、投票を点検し、一般参観人もその閲覧ができるように取り計らい、各委員の意見を開陳させ、更らに野田徳市に証人申請を許し、訴外熊岡公佐を連行させて尋問し、いずれかに決定しようとしたが、一部委員の発言によつて同月七日に、更らに同月九日と続行を重ねて審議を終り、同月十一日附で決定をみるに至つたのである。その決定主文は左のとおりであり、その間同月四日午後四時頃佐賀市選挙区外県下四十四名の当選人の告示をした。「この異議申立を相当とし、安永沢太の得票数を二千七百九十三票野田徳市の得票数を二千七百九十七票と決定し、安永沢太の当選を無効とする。」しかし右決定は後記理由によつて違法である。
(一) 形式的違法について
右当初の五月四日の委員会は、元来公職選挙法第百一条による地方選挙の結果報告の委員会であり、且つ当選人の告示前でもあるから当選の効力に関する異議申立を受理し審議する権限はないのである。しかるに同委員会はその当初の右期日において前記のように佐賀市選挙管理委員会の保管する投票の封印を破棄してその点検をなしたことは、争ある投票の証拠力を失わせた職権のらん用であり、従つてこれに始発しその後になされた右決定は取消さるべきものである。この点に関する被告の主張は、公職選挙法第九十五条の当選人の決定と同法第百二条の当選の効力発生とを同一視する誤解に基くものであつて、当選人の告示すなわち当選の効力発生前における異議の申立は不適法である。異議の対象となる行政処分がいまだ不存在であるからである。
又右委員会の審議は右五月九日に結了し、同月十一日には何らの審議もなされなかつたのであるから、五月十一日附でなされた決定は取消さるべきものである。
なお本件異議申立に対する被告委員会の決定中告示第二十六号決定(訴外前田又四郎の異議申立に対する決定)は、すでに告示第二十五号の決定によつて明かなように、野田徳市の申立てた当選の効力に関する異議に対して被告委員会が審議決定事項に対するものであるから、取消さるべきものである。
(二) 実質的違法について
先ず第一に被告委員会の決定理由を反駁しなければならない。
前記異議に対する被告委員会の決定によれば、佐賀市選挙区開票でさきに無効と決定された投票中、七票を野田徳市、一票を原告の各有効投票と認め、右決定主文のように野田徳市の得票数を二千七百九十七票原告の得票数を二千七百九十三票と算定し、原告の当選を無効と決定した。被告委員会が原告の有効投票と認めた「やまなが」(甲第五十七号証の四)の一票が、原告を記載したものと確認できる投票として有効と解すべきことについては、いささかの疑義もないであろうが、問題は野田徳市の有効投票と認めた(1)「オノトクイチ」三票(甲第七乃至第九号証)(2)「小野トクイチ」一票(甲第十号証)(3)「小野徳市」一票(甲第十一号証)(4)「野田〇一」一票(〇の箇所は不明一字である。)(5)「柴田徳一」一票(一の上に点の附記がある。)の七票である。すなわち
(1)(2)(3)の五票の記載に読み方の一致する小野徳一なる実在人が存在し、同人は佐賀市八戸町出身で、大正八年頃まで同市に居住して土建業に従事し、現在佐世保市で土木建築業を目的とする株式会社小野組の社長として業界に君臨し、他方商店街を経営し、佐世保市有数の実業家であつて、その実兄は佐賀市に現住し、その家族六名は有権者であり、他に小野徳一本人の友人縁故者も多数佐賀市内に現住している。他面被告補助参加人野田徳市の氏「野田」と小野徳一の氏「小野」との間には、文字の配置及びその音感からいつて類似性がなく、従つて「野田」を「小野」と誤記したものとは到底解せられないから、右(1)(2)(3)の五票は、これを投票した選挙人において小野徳一に投票する意思で、候補者でない同人の氏名を記載した無効投票といわなければならない。なお当時佐賀県知事、佐賀市長、同市議会議員の選挙が本件選挙と同時に又は日を接して行われたため、これら各選挙の投票中に、各種候補者の氏又は名をそれぞれ抱き合せて記載した、いずれの候補者に投票したものであるかを判定できない無効投票が多数あつたのであるが、右(1)(2)(3)の各記載は、市長当選の小野哲一の氏「小野」又は名「哲一」の一のかたかな文字の混つた抱き合せてあつて、右(1)(2)(3)の五票は、候補者の何人を記載したかを確認しがたい無効投票にも該当するものといわなければならない。これをもし誤記だと主張する被告は、選挙人の意思をほしいままに憶測し当時の客観情勢を無視して、投票判断の法則に違反した過誤を犯しているものというべきである。けだし投票が候補者の何人を記載したものであるかは、投票の記載自体について判定するとともに、当時の客観情勢をも考慮にいれることを看過すべきではないからである。
右(4)(5)の各一票は現存しない虚無票であり、被告委員会において前者の一票は無効投票中の甲第五十八号証と重複し、後者の一票は同じく無効投票中の後記甲第五号証「柴田徳一」と重複して、更らにいずれも野田徳市の有効投票に算入したものである。
右甲第五十八号証は「野田」と読まれる氏に接続して不明の一字を置き「一」とある一票で、これは候補者の何人を記載したかを確認しがたい無効投票である。
右甲第五号証の一票の記載に完全に一致する柴田徳一なる実在人が存在し、同人はかねて佐賀市の隣村兵庫村に居住し、昭和二十六年三月死亡したが、亡妻の実家が佐賀市である関係上、親族知人中には佐賀市在住の有権者が多数いるし、生前の大正五、六年頃佐賀市書記をつとめ、昭和二年一月以来昭和二十年十二月まで十九年間にわたり兵庫村長の職にあり、その間佐賀県町村長会長及び県議会議員として多年佐賀県地方行政に貢献し、政党人としては民主党佐賀県支部の前身当時の顧問長老であつた。従つて右甲第五号証の一票はこれを投票した選挙人において、柴田徳一に投票する意思で、候補者でない同人の氏名を記載した無効投票といわなければならない。つぎに選挙会においてさきに被告補助参加人野田徳市の得票数に算入した投票中、左記三十三票を更らに問題としてとりあげる。
甲第十二号証の「小野徳一様」と記載された一票は、前記(1)(2)(3)の五票と同様、これを投票した選挙人において、実在人小野徳一に投票する意思で、候補者でない同人の氏名を記載した無効投票であるとともに、佐賀市長当選の小野哲一の氏「小野」及び名哲一の「一」と野田徳市の名徳市の「徳」の混つた抱き合せの、いわゆる候補者の何人を記載したかを確認しがたい無効投票にも該当するものといわなければならない。
甲第十九乃至第二十一号証の三票「野田徳次」及び甲第二十二号証の一票「ノタトクヂ」の各記載に一致する野田徳次なる実在人が存在し、甲第二十四号証の一票「野田孫一」及び甲第二十五号証の一票「野田孫市」の各記載に一致する野田孫一なる実在人が存在し、甲第二十七、二十八号証の二票「野口徳一」の記載に完全に一致する野口徳一なる実在人が存在し、甲第三十号証の一乃至五の五票「野口徳市」の記載に完全に一致する野口徳市なる実在人が存在し、右実在の野田徳次、野田孫一、野口徳一及び野口徳市の四名は、いずれも佐賀市に居住し、同選挙区における県議会議員の選挙権を有し、その各世帯員及び親族中には多数の有権者がいるから、右甲号証合計十三票は、これを投票した選挙人において、各実在の右四名に投票する意思で、候補者でない同人等の氏名をそれぞれ記載した無効投票といわなければならない。
甲第三十三号証の「野田トクイイチ チ」と記載された一票は、被告補助参加人野田徳市及び右実在人野田徳次両者の中いずれの氏名を表示したかを確認しがたいものであり、又甲第三十四号証の「上田徳一」と記載された一票、は佐賀市議会議員候補者上田実の氏「上田」との抱き合せにかゝる候補者の何人を記載したかを確認しがたいものであり、その他甲第三十二号証の一票、甲第三十五乃至第四十七号証の各一票(いずれも氏の野田は明確に、少くとも判読容易な程度に記載されているが、名の徳市の記載において誤記、誤字、不明字脱字等がある。)は、候補者の何人を記載したかを確認しがたいものであるから、いずれも、無効投票であるといわなければならない。甲第四十八、四十九号証の各一票(氏の野田の記載の外に塗抹の余記がある。)及び甲第六十一号証の「野田候補」と記載された一票は、他事記載のものとして無効投票でなければならない。
以上の説明によつて明かなように、被告委員会が本件異議に際し被告補助参加人野田徳市の有効投票と決定した前記七票、及び選挙会がさきに同人の得票数に算入した前記三十三票合計四十票並びに前記虚無票二票は、これを被告委員会が本件異議に対して前記決定主文のように野田徳市の得票数と決定した二千七百九十七票より控除すべきものであり、これを控除するときは、同人の得票数は二千七百五十五票となる。
これに対し、無効投票中原告の有効投票と認むべきものが、本件異議にあたり被告委員会が原告の有効投票と認めた前記一票の外に、更らに四票存する。すなわち、「トクナガ」一票(甲第五十一号証の五)「まつなが」一票(甲第五十一号証の六)「末永様」一票(甲第五十一号証の七)「松永」一票(甲第五十二号証の二)の四票は、原告の氏の中特長のある「永」を記憶し、他を誤記もしくは記憶違いしたものと解するのが相当である。この四票を被告委員会が前記決定主文のように原告の得票数と決定した二千七百九十三票に加算するときは、原告の得票数は二千七百九十七票となる。
かくて係争両者の得票数は明確でその票差は四十二票となり、さきに選挙会の決定したように、原告が当選人でなければならない。原告の当選を無効とした被告委員会の決定は、到底取消をまぬかれないであろう。被告主張のように、さきに原告の有効投票と決定された得票中、原告の氏だけを記載した投票が二百七十一票存する事実は、これを認める。これらが原告の有効投票であることについては論議の余地がない。
というのである。(立証省略)
被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
その答弁の要旨は、
本件異議に対する被告委員会の決定及び係争投票の各効力に関する原告の主張を除き、本件の経過的事項についての原告の主張事実はこれを認める。被告委員会の右決定は、形式的にも又実質的にも適法であり、原告の違法主張に対し、その理由のないゆえんを明かにする。
(一) 形式的違法について
公職選挙法第二百六条第一項の「告示の日から十四日以内に異議の申立をすることができる。」との趣旨の規定は、異議申立の許さるる最終期を定める起算点として告示の日を示したにすぎない。いやしくも選挙会において当選決定の処分をなした以上は、当選人の告示以前においても異議の申立ができるものと解すべきである異議の申立が適法である。以上、それに基く本件決定もまた適法でなければならない。原告その余の違法主張は、これをとりあげるに足りないであろう。
(二) 実質的違法について
小野徳一及び柴田徳一の両名を除き、原告主張の実在人の存在は不知である。右小野徳一が現在佐世保市に居住し、且つ同人が佐賀市出身であつて大正八年頃まで同市に在住していた事実、右柴田徳一が大正五、六年頃佐賀市書記を勤めたことがあり、民政党時代からの著名な地方政治家として佐賀市民に親まれていた事実、及び四月二十三日選挙において原告主張の小野哲一が佐賀市長に当選し、上田実が同市議会議員候補者であつた事実は、いずれもこれを認める。しかし立候補制度を採用する現行選挙法の下においては、すべての投票は特別の事情のない限り、候補者の何人かに投票したものと解すべきであつて、候補者以外の者に投票したものと考うべきではない。投票における氏名の記載が不完全な場合であつても、投票記載の氏名の文字中、その過半数が特定候補者の氏名の文字の過半数に一致するときは、該投票はその特定候補者に投票する意思を以つてその氏名を記載するにあたり、たまたま一部の文字を誤記したものとして、右特定候補者の有効投票と認むべきである。過半数にして一致する以上は、その文字の配置序列の相違などは問うところでない。
いわゆる抱き合せ記載の投票が無効投票とせらるゝのは、同時選挙における候補者相互間の氏と名とが組み合された場合に限るのであつて、県議会議員と市長もしくは市議会議員のような異時選挙の場合には問題とならない。
さすれば、被告委員会が異議に対して被告補助参加人野田徳市の得票数を、二千七百九十七票と決定したのは、正当である。
原告が無効投票中原告の有効投票と主張する四票は、いずれも氏だけを記載したものであり、且つその中の一文字だけが原告の氏の一文字と合致するにすぎないものであるから、原告の有効投票とは認められない。
さすれば、被告委員会が異議に関連して原告の得票数を、二千七百九十三票と決定したのは、正当である。
今もし原告の論法によれば、選挙会がさきに原告の得票数に算入した投票中、乙第一号証の一乃至十二の十二票は他事記載の投票であり、乙第二号証の一乃至五乙第三号証の一乃至三乙第四号証の一乃至二十一(孫番のあるものがある。)の三十九票は候補者の何人を記載したかを確認しがたい投票であり、又原告の氏だけしか記載していない二百七十一票は、県議会議員候補者中には原告と氏を同じうする者はなかつたけれども、さきに執行された佐賀市議会議員選挙に、安永竹次という原告と氏を同じうする候補者があつたからこれまた候補者の何人を記載したかを確認しがたいものであつて、いずれも無効投票といわなければならないであろう。
ともあれ、野田徳市との票差四票を以つて、原告の当選を無効とした被告委員会の決定は、適法である。
なお、野田徳市が過去四年間佐賀県議会議員を勤め、その間二箇年県常任委員会の土木副委員長であり、且つ過去六年以来現在に至るまで佐賀県土木労働組合の顧問である事実は認める。しかしそのことは同人に対する投票の効力の判定に、いささかも不利益に影響するものではない。というのである。(立証省略)
三、理 由
本件の経過的事項についての原告の主張事実は、当事者間に争がない本件異議についてなした被告委員会の決定に対する原告の違法主張について、以下検討する。
(一) 形式的違法について
当選の効力に関する異議の対象は、選挙会における当選決定(これを更らに、説明すれば「当選決定」という事務の段階において生ずる効力それ自体)であつて、選挙管理委員会のする当選人の告示ではない。この限りにおいて、選挙機関ひいては争訟機関と関係人との間にあつては、選挙会の当選決定によつて、当選の効力が生じているものといわなければならない。元来選挙機関による告示なるものは、選挙手続内の出来事についての既発の効力に対する確認の一般的通告にすぎないのであつて、内部関係において効力を発生させる始発力をもつものではない。公職選挙法第百二条は「当選人の当選の効力は当選人の告示のあつた日から生ずるものとする。」と規定しているが、これは選挙会が当選人と決定した各候補者を通じて、外部関係における当選の効力の発生時期を劃一的にするために内部関係における効力確認の一般的通告である告示の時期と同じうしたまでのことであつて、告示によつて当選の効力そのものが始めて発生するものとしたのではない。従つて当選人の告示前の申立てではあるが本件異議は適法であつて、この点に関する原告の見解は正当ではない。
又五月十一日に委員会が開かれなかつたればとて、同月九日の委員会の決議に基き十一日附で決定をなしても何ら奇とするに足りないし、被告補助参加人野田徳市及び訴外前田又四郎の両名から各別に異議の申立があつたのであるから、告示第二十五号決定と告示第二十六号決定の二個の決定があつたわけで、これまた当然のことである。
被告委員会に職権らん用の所為があつたとの事実については、これを認めるに足る証拠とてない。
原告の形式的違法の主張はいずれも理由がないといわなければならない。
(二) 実質的違法について
(イ) 原告の得票数について
原告は「無効投票中、原告の有効投票と認むべきものが、本件異議にあたり被告委員会が原告の有効投票と認めた「やまなが」(甲第五十七号証の四)の一票の外に、更らに「まつなが」(甲第五十一号証の六)「松永」(甲第五十二号証の二)「トクナガ」(甲第五十一号証の五)「末永様」(甲第五十一号証の七)の四票がある」と主張し、右のような四票の存在する事実は、当事者間に争がないなるほど「まつなが」の「なが」及び「松永」の「永」は、原告の氏の中の一字に合致するけれども、「まつ」及び「松」が、当事者間に争のない原告と同様県議会議員候補者の一人であつた松尾伝次の氏の中の一字にも合致するから、右「まつなが」及び「松永」の二票は、候補者の何人を記載したかを確認しがたい無効投票といわなければならない。「トクナガ」の「トク」及び「末永」(様は敬称であつて、投票を無効とする他事記載ではないから、ここでは問題の外に置く。)の「末」を氏又は氏の中の一字とする県議会議員候補者の存しなかつた事実は、当事者間に争がないから(本判決書には各候補者の氏名を掲記しなかつたが、訴状には、第一表として各候補者の氏名得票数記載の別紙が添付されており、被告は右記載事実を認めている。)右二票はこれを原告の有効投票と認めるのが相当である。(附記するに、同時選挙の知事候補者中には、右氏と同じうする者はなかつた。)
さすれば被告委員会が原告の得票数と決定した二千七百九十三票にこの二票を加算するときは、原告の得票数は二千七百九十五票となる。
選挙会がさきに原告の得票数に算入した投票中、被告において他事記載の無効投票と主張する乙第一号証の十二票は、単に書損もしくは不要部分の抹消であり、又候補者の何人を記載したかを確認しがたい無効投票と主張する乙第二乃至第四号証の三十九票は、原告を記載したものと確認できるからいずれも無効投票ではない。なお原告の氏だけしか記載していない二百七十一票もまた無効投票と主張するが、字音においても原告と氏を同じうする県議会議員候補者の存しなかつた事実は、被告の自認するところであり、氏だけで名の記載がないのであるから、よしや原告と氏を同じうする実在人が存在し、且つその実在人が他種選挙の候補者であつたとしても、それはおよそ問題ではなく、右二百七十一票は、候補者の何人を記載したかを確認できる原告の有効投票といわなければならない。原告の有効投票を無効投票であるとする被告の主張は、すべて理由がない。
(ロ) 被告補助参加人野田徳市の得票数について
原告が野田徳市の得票数とされる票数より無効投票として控除すべきものと主張する票数は、四十票であるが、ここではその中被告委員会が本件異議に際し、さきに佐賀市選挙区開票において無効と決定された投票につき、野田徳市の有効投票と認めた「オノトクイチ」(甲第七乃至第九号証)の三票「小野トクイチ」(甲第十号証)の一票「小野徳市」(甲第十一号証)の一票及びさきに選挙会において野田徳市の得票数に算入した「小野徳一様」(甲第十二号証)の一票、合計六票を問題とすれば足りる。
およそ人を特定するには、普通その人の氏を書き又は氏を呼ぶことが生活慣習であり、この事実と、右六票に記載の氏名と野田徳市両者間の文字の配置並びに視感音感の各相違等からすれば、小野徳一と読まるる記載は、野田徳市とは別人を特定したものというべきであつて、「小野」もしくは「オノ」が野田徳市の氏「野田」もしくは「ノダ」を誤記したものとはいえないであろう。投票の効力を判定するにあたり、記載が特定候補者の氏名の文字の誤記であるとみられ得るがためには、その両者間にきわめて近い類似性がなければならない。問題点は、右近似性の限界、換言すれば、近似性と誤記との間の因果関係である。もつとも投票場の場内の模様からかもし出される一種の日常的でない特異な緊張感から、ついうかつにも友人知己その他の者の類似した氏名の中の文字を、自分の投票しようとする候補者の氏名の中に誤記することがおこりがちではあろう。しかしそのような誤記をしがちであると思われるほどの近似性があり、又その近似性の故に、誤記したものであろうと思われるそのような因果関係が、近似性と誤記との間になければならない。右六票に記載の氏名は、野田徳市とは別人を表示したものというべきであると説示したのは、このためである。
他面小野徳一が実在人であつて、現在佐世保市に居住し、且つ同人が佐賀市出身であり大正八年頃まで同市に在住していたことの当事者間に争のない事実、成立に争のない甲第十三乃至十八号証によつて認めらるる小野徳一が土建会社の社長として相当の社会的地位にあり、同人の実兄が佐賀市に在住し、右実兄及びその近親者の六名の者が本件県議会議員選挙の有権者であつた事実、及び記載が小野徳一に一致(甲第十一号証の「小野徳市」は名の一字を異にするけれども、「市」「一」とは人名の場合その字音は同一である。)する前記六票の存する事実によれば、小野徳一と読まるる六票は、これを投票した選挙人において、同人に投票する意思を以つてその氏名を記載したものと推断することができるから、右六票は候補者でない者の氏名を記載した無効投票といわなければならない。
さすれば、被告委員会が被告補助参加人の得票数と決定した二千七百九十七票からこの六票を控除するときは、同人の得票数は二千七百九十一票となり、前記確定の原告の得票数二千七百九十五票よりすでに四票だけ少数となる。同参加人の得票数についてのこれ以上の効力判定は、も早や無用であろう。
だとすれば、原告の当選を無効とした被告委員会の決定は違法であつて、原告の実質的違法の主張は、理由があるといわなければならない。
よつて、被告委員会が本件異議に対してなした告示第二十五号決定及び同第二十六号決定を取消すべきものとして、民事訴訟法第八十九条第九十四条を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 桑原国朝 中園原一 二階信一)